医療×テクノロジーで
人の命を守り続ける
医療系ベンチャー代表
田中彩諭理さん
インタビュー:金内英大
田中彩諭理インタビュー
田中彩諭理プロフィール

プロフィール・略歴

田中彩諭理(たなか・さゆり)
大学・専門職大学院で臨床心理を専攻し、女性心理について研究、社会福祉や精神保健の現場で支援実務に携わる。教育系ベンチャーにて新規事業立ち上げを経て、IoTベンチャー(※)に飛び込み、ハードウェアの現場で修行を積む。2017年に研究者である丸井朱里と共にMEDITA(メディタ)を設立。

※IoTベンチャー:世の中の様々なモノをインターネットに接続してより便利に使うための新しい技術・ビジネスモデルを中核とした新興企業

このインタビューは学生記者の金内英大が担当しました。

現在の仕事について

モチベーションの根源は
人の命を守るという強い思い

ミーティング中の田中彩諭理
ミーティング中の田中さん(右から2人目)

株式会社MEDITAの代表取締役を務めています。当社は人の命を守るための体温変動の研究・解析をコアとした、研究開発型ベンチャーです。基礎体温の自動記録が可能な女性の健康管理アプリの開発や、製薬会社や研究機関、企業への研究支援アプリケーションの提供、ウェアラブルセンサー(※)の開発などを行っています。私の役割は経営戦略の策定や営業活動、広報活動など多岐にわたります。

※ウェアラブルセンサー:身に着けて持ち歩くことができるセンサで、人の生活や行動などのライフログを記録できる。

MEDITAは研究者の丸井と始めた会社で、彼女は研究・開発部の責任者です。2人でスタートしてから4年が経ち、メンバーも7人に増え、最近ではチームで仕事をすることが多くなりました。だからこそ、社員同士が円滑に仕事をサポートし合えたり、今まで出来なかったことが出来るようになったりする瞬間を目にすると、非常にやりがいを感じます。また、社員から「こうするともっと良いと思う」と提案をもらったり、当社の取組に関心を持ってくださった他の企業など外部の方と共にどんなことができるのかを話し合ったりする時間も非常に楽しいです。

しかし、働く中で上手くいくことばかりではなく、努力しても思ったような成果がでないこともあります。そんな時に大切にしていることは、当社のミッションでもある、「『生きる』に寄り添うテクノロジー」という言葉です。私たちが生み出すテクノロジーと日々の研究により、もっと多くの誰かの大切な命を守ることができるのではないか…。そう考えることであきらめずにチャレンジし続けることができています。

私が仕事をするうえで大切にしていることは、3つあります。
1つ目は、儒教の教えである五常です。これは仁・義・礼・智・信と言われる心得で、人を思いやることや、礼儀を尽くすことなどを指しています。

2つ目は、「柳の木のようにしなやかに生きる」という言葉です。一本の芯はありながらも、柔軟性を持つことを大切にしています。

3つ目は、好奇心を忘れないということです。常に勉強をし続けることで、新しい知識を得るように心がけています。特に先人の知恵や本格的な知識は書籍から学び、最新の情報はSNSを使って集めるなど、様々なツールを使い分けています。

これらは、私が学生の時から常に意識していることです。

今の仕事に就いたきっかけ

キャリア形成の軸は
「生きること」への興味

田中彩諭理写真2

私は子供のころ看護師になりたいと思っていました。ずっと思っていたのは、手に職をつけたいということです。

あの頃を振り返ってみると、小学生の頃は好奇心旺盛ながらもシャイな性格で、人目を気にする子供でした。生きづらさも感じ、人付き合いも苦手だったと思います。成長するにつれ、中高生の頃は人と違うと思ったことははっきりと主張するようになり、周りから浮いた存在だったかもしれません。

高校生の時に臨床心理士を目指すようになりました。これは祖母の介護を経験したことで、人の命や生きるということに関して興味がわくと同時に、生きづらさを訴える友人が私の周りに多かったことがきっかけです。「体を治す医者がいるなら、心を治す専門家もいるのではないか」と考え、臨床心理士という職業を知り、大学・大学院で勉強しました。

これまでの人生の山と谷

自分の存在意義を失っても
やりたいことに向かって前進

イベントで発表する田中彩諭理
ベンチャー企業が集うイベントで発表する田中さん(右から1人目)

転機は大学に入ってからです。臨床心理士というやりたいことが見つかり、大学院に進んで研究に打ち込み「自分がやらなくては」という使命感を持って熱中していました。しかしながら、大学院2年生の頃、さらに専門的に臨床心理を学んでいく中で「臨床心理士という職の中で本当に私が実現したいと考えていた未来を作る事ができるのだろうか。もしかしたら、他に道があるのではないか」と感じるようになり、大きな決断ではありましたが大学院を中退しました。あの頃は「自分の存在意義は一体何なんだろう」と思い悩みました。

その後、これまで社会人としての経験を積んでこなかったことに気づき、一旦、一般企業に就職しました。仕事をしながらも、「自分のやりたいことは何だろう」「何が出来るのだろう」と考える中、祖母に続き祖父も自宅介護をすることになりました。その経験も現在のキャリアに大きく影響しています。当時、自宅介護をしながら家族で眠れない日々を過ごす中、祖父の体調変化に気づくことができず、祖父が他界してしまったため、「あの時、もしも気づくことができていれば…」という後悔の思いが残りました。その後悔があるからこそ、看護師や臨床心理士など、なりたい職業は変わっても「命を救う」という軸はぶれずにキャリアを積んでこれたのだと思います。

引き続き将来を模索していた最中、とあるビジネスコンテストに出場し、現在の研究の原形となるアイデアで優勝したことをきっかけに起業への想いが生まれました。そこでまずは起業の知識を学ぶべくIoTベンチャー企業で修行を積みました。そして、Facebookを通じて、当時大学院で「体温」を研究していた丸井と出会い、当社の前身となる株式会社HERBIOを創業しました。起業、資金調達をするまでは大変でしたが、目標に向かって進んでいる実感があり、やりがいがありました。

2021年にはベンチャーキャピタル(※)からの出資を得て、事業を加速することができました。そして国立研究開発法人新エネルギー・産業技術総合開発機構 (以下「 NEDO」)が実施した事業支援に採択されました。NEDOは採択基準が非常に厳しく、限られた企業のみ助成をうけることができるため、私たちの取り組んできたことが認められたと感じ、非常に嬉しかったです。そして、現在に至る自信につながっています。

※ベンチャーキャピタル: ベンチャー企業など、高い成長が予想される未上場企業に対して出資を行う投資会社のこと

田中彩諭理の人生の山と谷パソコン版 田中彩諭理の人生の山と谷スマホ版

これから目指すこと

枠にはまらずにチャレンジし
世界中の医療格差を減らす

田中彩諭理写真4

私はこれまで「命を救う」という思いを実現するため、人生の中で様々なチャレンジをしてきましたが、これからもMEDITAの活動を通してその思いに挑戦し続けたいと考えています。将来的には、日本だけではなく世界中の人々の役に立ちたいです。

世界の僻地や開発途上地域では、経済格差や物理的な理由から病院や医療へのアクセスが整っていない環境で暮らす人が未だたくさんいます。こうした医療格差を少しでも減らすために、事業や経営戦略の枠組みを決めず、「どうしたら医療の可能性が広がるのか」という視点で幅広い挑戦をしていきたいと思っています。

また、チャレンジを続けていく中でも自分自身の強みである好奇心は失わずに持ち続けたいです。子供のころからものづくりが好きで、色々なものを自分で作ったり、理想のテーマパークを想像し、その図面を紙に描いたりしていました。こういった「自分が考えたものを、形にして生み出す」という一連の行動は現在のキャリアや、これから目指す将来の目標達成にもつながっていくと思うからです。

オフの過ごし方+生活と仕事の両立

食事、睡眠、運動に気を遣い
心と体の健康を守る

田中彩諭理写真5
田中さんの手料理

休日はあるものの、プライベートでの活動も結果的には仕事につながっていると感じます。例えば私は読書が好きで色々な本を読むのですが、「この心理学者の考えは、今仕事で抱えているあの課題に役立つ」など、結びつけて考えてしまいます。

心掛けているのはストレスをためないように睡眠時間をしっかり確保すること、そして食事をきちんととることです。料理は好きでよく自炊はしており、朝はスムージーを作って飲んでいます。運動も心掛けていて、最近よく取り入れているのは、ハードな筋トレです。また、ヨガや瞑想もやっていて、心と体のどちらの健康も損なわないように気をつけています。

    

若者へのメッセージ

目の前のことにとらわれず
長期的視点でキャリアを形成

田中彩諭理写真6

何かやりたいことがあっても、うまくいかずに辛い思いをする瞬間はあると思います。そこで「一度決めたからには、逃げてはダメだ」とこだわりすぎないことが大切なのではないでしょうか。私自身、看護師に憧れたこともありましたし、大学時代は臨床心理士を目指していました。しかし現在では、経営者という立場でキャリアを研鑽しています。

みなさんも、今の夢とは違う職業を目指す可能性もあるため、現在目の前にあることは、長く続くキャリアのワンシーンであると意識してみてください。長期的な視点を持っていれば、失敗しても心が折れずに頑張ることができると思います。