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広報・広聴

平成29年度 広報紙部門 総評

公開日:平成30年(2018)3月23日更新日:平成30年(2018)3月23日

大井委員

 今年の審査には苦労した。偽らざる心境である。昨年にも増して応募作は力作ぞろいで、優劣がつけがたく何度も読み返した。総じていえば、企画、編集、写真、デザインなどの面において秀作が目白押しであった。

 広報紙はニュース紙でもあることを、応募作を通じて改めて感じさせられた。言うまでもなく、ニュースは社会の「鏡」であり、時代のあり様を映し出す。われわれの社会のニュースは事実中心主義(factualism)を原則とする。広報紙の基礎にあるのも事実であり、それを出発点とする。思わず微笑を誘うような出来事の記事をヒューマンインタレスト記事というが、広報パーソンは、そうしたものを含めて、さまざまな行事の案内や硬い行政ニュースにいたるまで、出来事や問題の「ニュース価値」を判断する能力をさらに磨く必要がある。

 事件事故といった急激に展開をする事象は目に付きやすい。つまりニュースになりやすいのである。しかし、環境問題のように目に見える変化があらわれたときに、つまり事態はかなり深刻化している事象は、認識されていてもなかなかニュースになりにくい。つまり、事件事故と違い動きのない事象がニュースになるためのハードルは高いのである。そうした時どのようにすれば良いのか。ニュースメディアの世界には、記念日報道という言葉がある。「あれから何年、今…」という見出しで始まる、過去の重大事象を今の視点から回顧する記事であり、ややネガティブな文脈で使われる。管見によれば、時期が来たので義務的取り上げるという姿勢が見え隠れするから、揶揄されるのであって、様ざまなアプローチで重大事象の「風化」に抗う試みをすることは、決して否定されるべきではない。例えば、3月11日に東日本大震災を振り返り、のど元過ぎれば暑さをわすれる心に警鐘を鳴らす防災記事は、評価されてしかるべきではないか。

 広報紙は様々な役割を担う。自治体は、伝えなければならない情報から、伝えておくべき情報、伝えておいた方が良い情報に至るまで、様々な情報を抱えている。それらの情報の価値・意義を吟味し、それに従った情報提供を心掛けることが大事であろう。もちろん提供すべきは単なる情報に限らない。住民の参加を促すような議論の提供も、複雑な利害が絡む問題について多角的な視点の提供も重要である。自治体の基本的な施策を理解してもらうだけではなく、支持・協力をもたらすような取り組みが必要である。

 これらのことは、戦略的パブリック・コミュニケーションとして広報を捉える研究の枠組みを考えている評者にとって、これからのパブリック・コミュニケーションとしての広報のあるべきアプローチとして重要だと考えている3つのポイントと関係する。1つはコミュニケーションのアカウンタビリティである。説明責任と訳されるのが普通であるが、どうも結果について説明すれば責任が果たされる、と安易に解されている場合が多い。本来のコミュニケーションのアカウンタビリティは、結果についての説明責任だけでなく、行政過程全般に関わるものと理解されるべきである。

 過程を重要視することは、第2のコミュニケーションのトランスパレンシー(透明性)につながる。自治体は、公表することによって多くの問題を惹起するような未成熟な情報を抱えていることは言うまでもないが、安易に判断するのではなく、多少の不都合は受忍限度と心得て、行政過程全体についていかに透明性を確保できるか、ぎりぎりまで努力する。こうした努力は、かならず自治体経営にとって重要な資産となりうる、信頼性をもたらすことになるだろう。

第3はコミュニケーションのインタラクティブ(双方向性)である。これはデジタルメディアにとって有効なアプローチであることは言うまでもないが、既存の紙媒体でも重要性はいささかも減じない。一方通行になりがちな媒体にどのようにしたら、有効適切なフィードバックのループを構築できるか、今一度真剣に考えてみるべきであろう。

 こうしてみると、3つのアプローチは相互に密接に関連していることが了解されるだろう。それぞれは固有の意義を持つことは言うまでもないが、相互に関連づけて、戦略的に広報を考えていけば、新たな広報の視座がうまれるであろう。そのためには、それぞれのアプローチを実行するとすれば、何が不足しているか、何が障害になっているか、を明らかにし、それを克服する努力が必要だろう。さらに、そこから、一層のアカウンタビリティを目指す試みが、行政過程の透明性をもたらすこと、アカウンタビリティと透明性を媒介しうるのが双方向性だ、といった見取り図も見えてくるだろう。

 広報の基本的な視座に関する話はこれくらいにして、以下アトランダムになるが、今年の応募作から注目すべきいくつかの論点を考えてみたい。

 第1は、地域の資源についてである。地域は、それぞれの歴史、文化、経済、地勢などに応じたさまざまな資源をもっている。顕在化している資源もあれば、十分認識されていない潜在的なそれもある。応募作の中には、埋もれた資源を掘り起こそうとする、地味ではあるが着実な努力が伺えるものが多数あった。何れ実を結ぶはずである。また既に評価がある程度確定している資源に付加価値を与えようとする企画も目に付いた。これもまた評価すべきであろう。

 第2に、紋切り型の首長の「挨拶」やあまり読みやすいとは言えない「エッセイ(?)」などの見直しが必要であろう。新春の挨拶をはじめとして、「首長」に「お任せ」としか思えないような記事がかなり目立つ。編集者としての「広報パーソン」のエディターシップをもっと発揮すべきではないだろうか。優れた行政手腕、実行力、見識などをもつ首長が文章力に秀でているとは限らない。

 第3は、予定されている恒例行事の扱い方である。明確な意義をもつものならどんな行事を取り上げても構わないが、掲載を決定したのであれば、あたり前だが事前に十分な準備をして記事化をはかるべきだろう。つまりルーティンとして処理するのではなく、これまでの紙面化の問題点などを検証し、足らざるを補い、時代に応じた新しい視点を加えるなどの努力が必要だろう。

 第4に、情報提供、いわゆる「お知らせ」の扱いの問題を考えてみたい。お知らせ情報は、大抵の広報紙では完全にフォーマット化され、そこへ情報を流し込むのがルーティンになっている。日頃利用し、慣れている住民の間では、フォーマット変更は苦情を生み出すかもしれないが、潜在的な利用者の掘り起こしにつながるかもしれない。注目率や利用率などを勘案しながら、再検討を試みたらどうだろうか。また既存のフォーマットの微調整といった、創意工夫の余地もあるように思われる。情報提供はルーティンな処理をされるのが通例だが、絶えず読みやすさ、利用しやすさを、念頭において、工夫が必要なセクションである。実は利用度の高い紙面であることを再確認すべきである。広報紙の評価の微妙な差異はこの辺から来る。

 最後に、広報パーソンの心構えについて考えてみたい。昨年は、異色の米大統領トランプ氏が、フェイク(偽)ニュース、フェイク(偽)メディアを流行語に押し上げた。日産の完成車輌の無資格検査、神戸製鋼の製品データ改ざんもフェイク(偽)なのである。かつての老舗の食品メーカーのさまざまな「偽装」問題が世間を騒がせた。長年にわたって築き上げた消費者の信頼(それは時として「暖簾」や「ブランド」と呼ばれる)が、偽装という不信の芽生えによって、もろくも崩れ去ってしまった。翻ってみると、「偽」の問題は食品メーカーに限らない。今なお続く森反・加計問題に関る文科省や財務省に対する不信を初めてとして、政治や行政という制度にまつわる「偽」問題が暴露された。国民、市民、住民の間に、「偽」に端を発する不信の芽はいたるところに存在するように思われる、という認識がもしあるとするならば、事は重大である。われわれは、それぞれの立場において、さまざまな内なる「偽」に敏感でなければならないし、不信の芽はいち早く摘み取らねばならない。こうした問題の先頭に立つのが、広報パーソンでなければならない。

長岡委員

編集及び表現スキルが向上しているからこそ

求められる細部まで気を使った住民視点での広報紙

 

 かつての特集は、情報を誰に向けて(ターゲット)発信しているかが住民に伝わりにくい企画及び編集が多かった。しかし、企画と編集スキルも向上し、今回の応募作は、訴求ターゲットをセグメンテーションした編集、住民全体をターゲットとした編集等、情報に合わせて訴求ターゲットを設定した編集紙面を多く目にした。紙面の情報目的が住民に分かり易く、訴求力のある編集スキルを紙面から見て取れる。また、様々な支援施策に住民が参画している。行政と住民との協働が紙面で訴求されている。広報紙は、行政からのさまざまな「お知らせ情報」を発信すると共に、行政と住民とを繋ぐコミュニケーションブリッジとして、また協働を促す重要なメディアとして確立されている事を再認識できる応募作の数々であった。

 ただ、一部の応募作で「施策情報」及び「お知らせ情報」の情報の差が、一見すると伝わりにくい紙面が見られる。住民に向けて情報検索が容易に行えるための区分表現が望まれよう。また、応募作の殆どが、縦組みと横組みを併用した紙面表現となっている。そのために、縦組み紙面から横組み紙面に目を移したとき、一瞬視線が迷うと思われる表現も見かける。住民視点に立った編集と表現を行う上で、以下の点に留意が望まれよう。

●情報区分のタイトルを設定する

 行政からの「施策に係る情報」と住民に欠かせない「お知らせ情報」の区分タイトル が設定されていない広報紙が多い。住民に情報の区分が容易に図れるように、情報を区分するタイトルを設定し、あわせて大きく表現する事が望まれよう。

●小区分のタイトルを設定する。

 同じ情報に分類される情報でも、情報の発信する部署が違うため異なる紙面に情報が配置されている紙面構成が見られる。住民に対して情報の検索を容易に図れるように考慮し、関連性のある情報は情報の集約化を図り小区分のタイトルを設けた編集が望まれよう。

●縦開きに対して横組み表現に注意する

 縦開きで紙面を進めると横組み紙面では、視線の誘導に戸惑う紙面表現が見られる。戸惑う一因は、区分タイトル及び見出しが左側に配置されていることに起因する。一般的に横組みの紙面は、左側から右側に視線が流れるが、縦開きの紙面では、最初に 右側に視線を転じる事が多い。紙面の開き方を考慮した横組みのレイアウトが望まれよう。縦開きで横組みを表現する場合は、区分タイトル及び見出しは、右側に配置し視線がスムーズに移れる表現を心がけたい。

 広報紙コンクールの審査を行うたびに、編集及び表現スキルが向上している事が実感できる。広報担当者の広報にかける思いが紙面に表れている。また、どの広報紙も一定のレベルに達しており、応募作のスキルの差は僅差であるある事を付け加えたい。広報の担当者には、協力会社に製作を委託する職員、自ら制作する職員等、おかれている行政の環境で異なる。しかし、重要な情報が掲載されている広報紙に求められる事は、情報の周知を図るために住民に読んで頂くことに尽きる。そのために広報担当者は、住民視点に絶えず留意し細部まで気を使った広報紙が求められよう。

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広報広聴部  広報課 
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